特集

発起人、蒐集家、工人 三人の想いが交差する『藍こけし』

桜井こけしの店舗では、歴代の工人が残したこけしや、
過去に製作した非売品のこけしを展示しています。
その中に佇む1体のこけしがあります。
2007年に、現工人の櫻井昭寛が製作した『藍こけし』です。
今年4年ぶりに通常開催される全国こけし祭りにむけて、
昨年から再び取り組みはじめたこの『藍こけし』。
16年ぶりに販売をおこないます。


久松保夫コレクション  大沼岩蔵作のこけし

『藍こけし』の誕生は16年前のポスターから始まった

伝統こけしで当時誰も作っていなかった「藍色」を使ったこけしは、16年前の2007年「第53回 全国こけし祭り」のポスター作りをきっかけに誕生しました。
このポスター作りを担当したのは、「おかしときっさ たまごや」店主の宮本武氏。宮本氏は、鳴子温泉を代表するお土産の銘菓「わらび餅」を作り、音楽と雑誌に囲まれた喫茶店を営みながら、鳴子温泉や鳴子こけしの振興のため様々な取り組みをされています。
宮本氏は、鳴子こけしの伝統的な美しさを伝えたいと想い、代表的な鳴子の伝統こけし1本だけを堂々と見せるポスターを考案しました。鳴子温泉のことを一筋に想い続ける、実に宮本氏らしいアイデアです。
宮本氏は、鳴子こけしを代表する1本を選考する基準として、「鳴子こけしの美を象徴するもの」「蒐集家の評価が高い工人が作ったもの」「コレクションとして価値があるもの」の3点を満たすものと考え、蒐集家の照井順一氏に相談しました。検討を重ねてたどり着いたのが、久松保夫コレクションの中の大沼岩蔵作のこけしでした。久松保夫氏は1950年代〜70年代にかけて活躍した俳優で、5000体を超えるこけしを所有し、こけしに関する研究を行い、こけしに関する執筆活動も行っていました。この久松保夫コレクションを受け継いでいる照井氏に、改めてポスター製作の協力を依頼しました。

そして、次に宮本氏は、大沼岩蔵のこけしを継承している桜井こけしの先代櫻井昭二の工房を訪れました。大沼岩蔵のこけしをポスターに採用したいという想いを昭二に語るためです。
宮本氏はその当時の様子をこう振り返ります。

「昭二さんは、二つ返事で快諾してくれました。恐縮した様子で『ありがとうございます』と言ってくれた昭二さんの表情と、その言葉を聞いて、このポスターは成功すると確信したことを今でも鮮明に覚えている」

当時を振り返る宮本氏(左)と昭寛(右)

ファインダーの中に現れた藍色のこけし

仙台市内のスタジオで行われた撮影には、宮本氏と、櫻井昭二の息子である櫻井家五代目の昭寛が立ち会うことになりました。美しく細くくびれた首元。肩には岩蔵独自のビリガンナが施され、胴には繊細な筆運びで描かれた、赤と緑のコントラストが綺麗な花模様。岩蔵らしさが詰まった美しいこのこけしは、久松保夫から継承した大事なこけし。照井氏は運送会社へ預けるわけにはいかないと、自らリュックを背負い仙台まで届けてくれました。フィルムからデジタルへの転換期だった2007年、岩蔵のこけしはフィルムで撮影されました。デジタルカメラでの撮影ではモニターを使って確認しますが、フィルム撮影だったためファインダーを覗いて被写体を確認していました。

当時のことを、立ち会った3人に聞くと、ファインダー越しに佇む岩蔵のこけしは美しく、とてもよかったと口を揃えます。
撮影が進む中でファインダーを覗いた宮本氏の目に「藍色の模様の中に、紅い花弁が所々に差し色として美しく描かれている」ように見えました。この今まで見たことない幻想的な美しさが目に焼き付いた宮本氏は、実際のこけしの色ではなく、藍色にしたこけしをポスターで表現したいと提案しました。

完成したポスター

宮本氏が見た藍色のこけしでポスター制作が進む中、宮本氏は実際に「藍色のこけし」を作ってみてはどうかと思い立ち、撮影に立ち会った昭寛に製作可能であるか相談しました。また、こけしの所有者である照井氏に、岩蔵のこけしを藍色で製作したいと懇願しました。両者の承諾を得た宮本氏は、昭寛に『藍こけし』の製作を依頼しました。
宮本氏は「藍色のこけしは今までなかったけれど、俺はいいのが出来ると思っていた」と当時を振り返ります。一方で、昭寛は「実際につくるまでは、藍色がこけしに合うのか疑問に思っていた」と語り、照井氏は「岩蔵のこけしを継承する昭寛さんに藍色のこけしを依頼するなんて、伝統こけしとは何かを分かってない。しかし、宮本さんが言い出したことなら仕方ないな」という当時の気持ちを話してくれました。こうして発起人の宮本氏だけが、いいものができると信じた『藍こけし』の製作が始まりました。

 

偶像を実像に藍色への挑戦

多少の不安を抱いていた昭寛でしたが、当の岩蔵自身は多くの挑戦をし、新しいこけしを生み出していたことを思い返し、何事も挑戦、挑戦から新しいものが生みだされるという思いで『藍こけし』と向かい合いました。
はじめは、ミズキ材を使って製作。ポスターで使われている写真のこけしもミズキ材ですが、時間が経ち飴色に変色していたため、山桜やイタヤなど有色材でも製作しました。疑問に感じていた藍色でしたが、有色材との相性がよく、差し色の紅も映えたこけしが出来上がりました。また、他の形状とも相性がいいのではないかと思い、岩蔵型のえじこ、ねまりこ、たちこも製作しました。

息子の櫻井尚道も当時を振り返り、

「学生で夏休みに帰省していた私の部屋に、父がこけし祭りのポスターと実際に作った藍色のこけしを持ってきて、
『これどうだ?いいだろ?』と嬉しそうにしていました。私が差し色の紅が効いていいねと答えると、満面の笑みで『そうだろ。そうだろ。』『しかし岩蔵さんはすごいな。いいこけしを作る』と何度も言っていました」

と今でもはっきり思い出せるくらい印象的な出来事だったと語ります。

昭寛も手応えを感じた『藍こけし』は、「これまでにない藍色のこけしでとても素敵ですね」などとその時のこけし祭りで多くのお客様から好評を得ることができました。
発起人の宮本氏も「うれしかったよ。いいこけしが出来上がったこともだけど、いろんな素材でいろんな形まで作ってくれると思っていなかった。昭寛くんが楽しんで作ってくれたのが一番よかった」と誇らしげに当時のことを語ってくれます。
しかし、古くから伝統こけしを集めている蒐集家の方々から「伝統的なこけしを藍色にするのはよくない」と批判的な意見も多く聞かれました。
照井氏も「完成した藍色のこけしを見ても、昭寛さんの普段の色使いの岩蔵型が好きだし、藍色のこけしが良いとは思わなかったね」と厳しい感想。ですが、当時を思い出すその表情は、眉をひそめるどころか、嬉しそうに感じ取れます。

2007年に製作した    岩蔵型「藍こけし」

次の時代へ残したい『藍こけし』16年ぶりの製作へ

宮本氏の個人的な依頼だったこともあり、その後『藍こけし』を製作していませんでしたが、お店に展示していると、「藍色のこけしがとても素敵なのですが、販売されないのですか」「注文することはできませんか」など、欲しいと思ってくださるお客様の声を多くいただき、蒐集家の方からも同様の声が聞こえるようになりました。

新型コロナウイルスの拡大により、全国こけし祭りが中止や縮小開催となるなど、これまでに思ってもみないことが起こりました。
昭寛は「70歳を超え、急激に変化していく時代の中で、自分がこの後どれだけのこけしを作ることができるか、どんなこけしを残すことができるか、あと何回こけし祭りを迎えることができるか」と考えるようになりました。
「年齢的に、参加出来るこれからの限られたこけし祭りでつくるこけしとして、何を残したいかを考えたときに、こけし祭りがきっかけで生まれた『藍こけし』を4年ぶりに通常開催される今年のこけし祭りに向けて製作してはどうか」という想いで、16年ぶりに『藍こけし』を製作いたしました。

照井氏は、昭寛が『藍こけし』を製作していることを知って「欲しいお客さんがいるんだったらいいんじゃない?今となっては、こういう挑戦も昭寛さんのこけし工人としての糧になっているのだから。私は藍色のこけしは良いと思わないけど」とやはり嬉しそうに話します。

三者三様の鳴子こけしへの想いが交差して生まれた『藍こけし』。今年の全国こけし祭りに合わせて販売いたします。『藍こけし』の製作と合わせて、藍こけしが生まれるきっかけとなった岩蔵型と、その『墨で製作したこけし』も販売いたします。ご来店いただけない方もECサイト「koshiki shop」よりお求めいただきます。当時誰も作っていなかった藍色のこけしから、三人の想いを感じていただけたら幸いです。

※オンラインショップは現在準備中です。

2023年 昭寛作 岩蔵型 第53回 全国こけし祭り記念「藍こけし」

2023年 昭寛作 岩蔵型  第53回 全国こけし祭り記念「墨こけし」

2023年 昭寛作 岩蔵型