わたしたちのこと

挑戦こそが櫻井家の伝統

宮城県大崎市鳴子温泉にて江戸末期から
代々続く、木地師の家系である櫻井家。
現在は五代目の櫻井昭寛と六代目の尚道の
親子二人で、
先代達の想いを受け継ぎながら
製作しています。

それぞれの時代でそれぞれの先代工人たちが、
常に新しいものに挑戦してきた櫻井家。
次の世代へ繋がるこけしを生み出すために、
その時代におけるこけしのあり方を模索し、
先代が繋いだこけしを発展させ続けてきました。

代々伝わる“挑戦する精神”で作られる
「桜井こけし」。
櫻井家にとっての伝統とは、過去を
守るものではなく、これからを生み出すことです。


工人

現代のつくりて

櫻井 昭寛

Akihiro Sakurai

1951年(昭和26年)鳴子生まれ。
木地師の家系である櫻井家の五代目。
多様な型の伝統こけしや木地雛を製作しています。
三大こけしコンクールすべてで最高賞を受賞(現在は無審査工人)。
「全国こけし祭り」のコンクールでは
最高賞の文部大臣賞を史上最多の三度受賞しました。

櫻井 尚道

Naomichi Sakurai

1988年(昭和63年)鳴子生まれ。
櫻井家六代目。株式会社こしき 代表。
父昭寛の元、多様な型の伝統こけし、木地雛に加え
現代的なオリジナルデザインの創作こけしを製作しています。
祖父昭二の足踏み轆轤の技術を受け継いだ
こけし製作も勢力的に行っています。

歴代工人

大沼 岩蔵

Iwazo Ohnuma (1876年〜1950年)

伝統を受け継ぎながらも、常に新しいものに挑戦してきた櫻井家。
その根底にあるのは、先代のひとり大沼岩蔵の存在です。

「若い者は一通りの技術ができると、
もう大成したような気になって気概を失ってしまう」
「これで覚え上ったということはない。こけし作りは一代一生の稽古だ」
と言い続けた岩蔵は、
新しい技術を柔軟に取り入れ、多彩なこけしを生み出してきました。
ビリガンナや当時あまり使われなかった紫の染料をこけしに取り入れたり、
帽子をかぶったこけし「鉄カブト」や、独特の形状をもつ甕型、
ろくろ線の胴模様など、今見てもまったく色褪せない魅力のあるこけしを
数多く生み出しています。

この岩蔵の思想が根底に流れている櫻井家は、
その代、その代の工人が、自分の新しいこけしを生み出しながら、
次の世代へと発展してきました。

櫻井 昭二

Shoji Sakurai (1927年〜2011年)

大沼岩蔵と櫻井万之丞に師事した桜井こけしの四代目。
現工人の昭寛の父で師匠でもある昭二は
岩蔵の挑戦する精神を、櫻井家の伝統として現代に繋いだ工人です。

「自分の存在があるのは先代、鳴子の先輩の方々のおかげ」
「他の工人に敬意を持ちなさい」
「花渕山の見えるところで作るこけしが、鳴子こけしだ」
昭二は、岩蔵の挑戦する精神に加え、鳴子温泉の風土と歴史と先人に
敬意を持ち続け、次の時代に繋がるこけし製作に励みました。

先人の教えと技術を受け継ぎながら、他の工人にさきがけ
こけしの雛人形「ひいな」の製作を始め、
毎年様々な「ひいな」を製作し続けました。
昭二から始まった桜井こけしの「ひいな」は、現工人の二人にも受け継がれ、
桜井こけしを代表するシリーズとなっています。


桜井こけしの歴史

近日公開